過剰反応と無関心と

まだまだ世間を騒がせているCOVID-19。

ネット上の情報なので真偽の程は定かではないけれど、どちらかというと

  • 日本は過剰反応しすぎ
  • アメリカは無関心すぎる

というような印象を受ける。

適切なレベルで関心を持ちつつ、適切なレベルで危機管理する、言うは易く行うは難しだ。

最悪の事態を想定する

危機管理の考え方の一つに、「最悪の事態」を想定し、ありとあらゆる対策を事前に、一つでも多く用意しておく、考え抜いておく、というのがある。

今回のCOVID-19の場合、自分にとっての「最悪の事態」とはなんだろう?

考えてみたことはありますか?

感染が怖いのか?

COVID-19に感染すると、病気による健康被害よりも、社会的な被害の方が大きいようだ。

例えば、取引先の企業が入居しているオフィスビルでは、感染者が出たので、オフィスビル側は感染の拡大を恐れて、全テナントに対してオフィスビルの利用を自粛してもらっているそうだ。

単純に自分だけの問題ではなく、勤める会社だけの問題でもなく、入居しているオフィスビル全体にまで迷惑をかけることになってしまう。これは厳しい。

様々な報道にあるように、重症化しない限り、健康被害は軽微ですむ。家族に高齢の方や基礎疾患のある方がいると大変だが、現在の統計で出ている限りは、それほど恐れなくても良さそうだ。

手洗いの復権?

COVIC-19の感染対策の基本は、手洗いと言われている。マスクの着用は感染予防には効果がない。もちろん、花粉症の方は別だ。ただでさえ厳しい時期なのに、迷惑な話だろう。

なぜ手洗いなのかといえば、感染経路が手を経由するものが多いからだ。ウイルスが付着した手で、口、鼻、眼などの粘膜に触れることにより、ウイルスは体内に侵入していく。花粉症で目が痒いからと、手洗いせずに目を掻いてはいけないのだ。

衛生状態が良い日本では、見た目で手が汚れることはない。だから、しっかり手を洗うという習慣が廃れてしまっている。手がベタつく、トイレの後、など、しっかりした理由がない限り、念入りに手を洗う(20秒以上)なんてしない。

今回改めて、手洗いを徹底していることで、これまで普段は全く手を洗っていなかった、と認識を新たにすることができた。

これはなにげに良い発見であった。

無関心を装う

無関心を装うのも、一つの対策だろう。

過剰反応するのではなく、デマに惑わされるのでもなく、ニュートラルな立場に身を置くには、文字通りに「距離を置く」ことが必要になる。

無関心を装うことで、不要な情報や不安を掻き立てるような情報が流入しにくくなる。ニュースやネットの記事をむやみやたらと摂取することもなくなる。

全くの無関心だと情報の選択ができなくなるが、無関心を装うという態度であれば、確からしい情報だけを選択する余裕が持てる。

一段高いところに視点を移して、全体を俯瞰的に見る余裕がもてるのが理想だ。
そういうのを、「積極的無関心」と定義したい。

危機は次の段階へ

これまでは、「感染の拡大」という未知への不安が先行した危機だった。

これからは、「世界経済の機能不全」へと危機の色合いが変わっていくだろう。今回の流行の前の状態に戻るにはとてつもなく時間がかかる。中国経済を始めとして、1ヶ月以上時間を失ったからだ。挽回は容易ではない。

サプライ・チェーンの乱れが解消するまで時間がかかる。その間にトイレット・ペーパーに留まらない経済の停滞が白日の元に晒された時、冷静に対処できるのか、パニック状態に陥るのかはわからない。

私は結構悲観的だ。

いわゆる経済関係の人間が的外れなことばかり言っているから、大規模な副作用が起きるだろうと思う。今はそんな嵐の前の静けさの中にいるのかもしれない。

Follow me!