読みたいことを書く

ブログの更新が滞っている間、自分自身に起きていたこと。
それは、日々無難に過ごしているようで、振り返りが雑で、大切なものごとをなおざりにしていた日々だった。
振り返ってみても、特別に忙しかったというわけではない。
物理的な忙しさではなかった。でも、心理的にはずっとザワザワとしていて落ち着いていなかった。心理的には忙しさにかまけていたのだった。
干支が4周して、48歳という40代の終盤に差し掛かっていて、何事もないわけではない。
体重を絞って、登山、クライミング技術を底上げしながら、必要なギア類を購入したりと、やたらとお金と時間を費やしている。それが悪いわけではない。今後を睨んで、必要な投資と思っている。
しかし、先を急ぐばかりで、「今、ここ」を少し過小評価していたように思う。
だから、ブログのみならず、日記、行動記録など、「今、ここ」に対する焦点がぼやけていて、それらを省略していた日々だった。

パリの地下鉄駅構内

ズレている感覚がないのに、ズレている

一言で言えば、「ズレている感覚がないのに、ズレている」といった、危ない状態に足を踏み入れていた。自分で認識できていないので、突然に「悲劇的な悪いこと」が起きる可能性が高い。気がついた時には取り返しのつかないことになっていそうだ。
幸いにも、色々と見直したり、ちょっとした悪いことが起きていたので、「ズレている」ことをキャッチすることができた。
心理的に「道を誤っていたようだと気づく」そんな感じだ。上手に引き返せば、遭難することなく、無事に軌道修正できる可能性があるかもしれない。

将来読みたいことを書く

何も書いていないと、後で振り返ることができない。
振り返るとき、その文章が読みたいものでないと、とても読むことはできない。
あの時、自分は何を考えていて、どう行動していたのか?
ブログの記事というのは、自分メディアである。その時の自分が色濃く反映されています。
ですから、「将来読みたいことを、積立投資信託のように、少しずつ途切れなく書いていくこと」をこれからのモチベーションにしようと思ったのです。

今の世の中でブログを書く意味

個人ブログを書くブームはとうの昔に去りました。
それでもなお、格安サーバー、ドメインの取得をしてまで、ブログを書き続ける意味はどこにあるのか?
別にアフィリエイトなどで収益化する予定もなく、自腹を切ってまでブログサイトを運営する意味はあるのか?
私は、明確な回答を持ち合わせていません。
ただ、なんとなく、続けてきていました。
でも、今日になって、少しだけ意味をつかめたような気がします。
それは、「日記」ではない、将来に読みたい文章を、分散投資するのです。
投資ですから、自分のためだけのものではありません。ブログというメディアを作るということは、他人に読まれ、少なからず影響を及ぼす可能性があるということです。そこには、投資的な、リスクとリターンの側面があるからです。

できる限り書こう

なので、日々を大切に過ごしながら、記事を一つ一つ書いていこうと思ったのです。将来への投資として、認識して、一つ違う次元に進んでいきたいと思うのです。

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