ONとOFFは絡み合うもの

生きてきた時代背景がそうさせるのか、私は比較的ONとOFFをはっきり分けたい、という志向をもっています。いや、願望に近いかもしれません。

しかしながら、自分の意思とは関係なく、仕事が不調の時は引きずられる様にプライベートも不調の波をかぶってしまうものです。

片方が悪くとも、残る何かが好調であれば気も紛れるのですが、両方とも沈みがちですと、浮上するために大きなエネルギーを必要とします。30代までは、逆らうかのようにいたずらに自分のテンションを上げたり、何か新しいことを始めたり、PCやガジェットを新調したりと、ポジティブに引き上げようとする行動をとりがちでした。

つまりは、意識して忙しそうな状況へと追い込んでいたわけです。持っているエネルギー(物理的にはポテンシャル・エネルギーというべきでしょう)を大量につぎ込んだところで、砂に染み込む水の様に、エネルギーが散逸し、疲れただけで終わる、というのはよくあることでした。

無理をしても、明らかな成果を感じにくい。無駄にはなっていない、と信じたいのですが、明らかに効率が悪かったと思います。

たどり着いた答えのようなもの

さすがにもう若くはありません。

40代も後半に差し掛かり、社会人としての旬を過ぎてしまっているのではないか、という言いようのない不安と諦めが交錯しています。

様々な試行錯誤をして、歳を積み重ねてきましたが、判ってきたことがあります。

自分を取り巻く様々なものごとの中、ただ闇雲にもがいていても、溺れるだけです。

蟻地獄に落ちたアリの様に、もがけばもがくだけ早く中心部に落ちてしまいます。

もがいたところで、上昇への道筋が期待できないのであれば、体力、気力、財力などの消耗を抑える必要があります。なんとかしなければ、という焦りをぐっと堪えなくてはならいないのです。

そして、「できること」の中から、自分がコントロールできるものを厳選する。

  • ダイエットしたり、筋トレするのは、自分でコントロールできるものです
  • 仕事に関連することを独学で勉強することも、自分でコントロールできます

誰かや何かの「外」に期待するのではなく、頼るのではなく、どんな状況に追い込まれたとしても、自分の自由さを確保し、成果を期待できそうな「内なる」ことを、黙々とやる。

他人のことはどうでもいいから、自分でできることを、ただ淡々とやる。それを一つのペースメーカーにして、自分の周囲を取り巻く歯車の回転を少しずつずらしていく。やがては、絶対にビクともしなかった巨大な歯車の一つの山が動くかもしれない。

自滅しないために

自分を過小評価して、過度な悲観に陥ってもいいことはありません。

危機感は大事ですが、悲観まで行くと面倒です。そこはテキトーにしておいて、自分がコントロールできる対象を探したほうがいい。そして、自分がコントロールできる範囲が定義できたら、その範囲で最善を尽くせばいい。それだけのこと。

それだけのことなのに、プライドやら、見栄やら、欲望で目が眩んで、不要な焦りを抱え込んで、自滅への道へと踏み込んでしまう。「わかっていいるけど、できない」というのは、そういうことなのです。

Follow on Feedly