職場での人間関係に悩む

転職する理由のアンケートで、常に上位にくるものの一つが「職場での人間関係」だ。多少ネガティブなことがあっても、信頼・信用されてないと感じても、浮いているなと感じたとしても、一人でやり抜ける強さを持ち合わせていれば、どうってことないかもしれないけど、弱り目に祟り目でいろいろなことが積み重なってしまうと、どうにも耐えられなくなる。

自分が思うほど、強くはない。だから、職場の人間関係に行き詰まりや息苦しさ、無力感を感じてしまったとき、転職サイトの存在を思い浮かべてしまう。

リセットしたい願望

私の場合、小・中学生の子供の頃から、なんとなく上手くない状況になっていると、何かをきっかけとしてリセットしたい衝動的な欲望に駆られることが多くあった。XXをきっかけに、OOになろう、という具合だ。

また、クラス替えなどの自分を取り巻く人の環境が変わるたびに、新しい自分になろうともがいたり、意図しない形で自分の新しい側面が引き出され予想だにしなかった展開が現れたり、と。人間関係は自分の意思とは関係なく、自分のパフォーマンス、能力発揮に多大な影響を及ぼしている。

「朱に交われば赤くなる」とか「類は友を呼ぶ」とかあるし、付き合う人で「私」の成長は変わる、とも言われる。それはそれで正しいと感じている(子供の頃から無意識的に)から、「リセットしたい」願望に取り憑かれているのだろう。

関係の希薄化で逃げる

大学を卒業してついた仕事は、日系の伝統的な会社で、雰囲気も良い会社だった。でも、公私にわたって付き合う感じが強く、プライベートを大事にしたいと思っていた当時の自分には鬱陶しかった。

労働組合の行事とか、親睦的な行事とか、何もそこまで会社にしがみつかなくても良いだろうという具合に、斜に構えていた。

自分のことを大切にしたいと思うと、会社関係のこまごまとしたことがが煩わしく感じられて、正直、好きになれなかった。

そういう態度は、いろいろなところで滲み出てしまうのだろう、付き合いの悪さが、少しずつ疎遠な感じを作り出し、人間関係の希薄化を生み出していく。

自分の期待する方向に行けば行くほど、職場での孤立的な雰囲気は高まるという具合だ。

その後、外資系企業に転職したが、そこはもっと極端だった。仕事とプライベートをきっちり分けている人ばかりなので、仕事は楽しく、仕事以外はそれぞれで、とスパッと分かれているので、余計な気遣いは不要だった。仕事上の付き合いはするが、それ以上のことはしない。いや、意図的に交わろうとしなかった。若さもあって、それはそれで心地よいもののように感じた。

職場の人間関係が、プロジェクトを中心とした結びつきだけになって、関係が希薄化すればするほど、人間関係の諸問題に悩まされることは減った。つまり、これらの問題から逃げることができるようになった。しかし、その一方で、完全実力主義のように見えて、実態は全く別である外資系の人間関係・昇進の力学を目の当たりにして、日本以上に上司と部下の人間関係・信頼関係の巧拙で実力を凌駕する評価の違いが生じることに愕然としたのでした。

評価は人間関係だけで決まることも多い

考えてみれば当たり前のことだった。
上司と部下、プロジェクトマネージャーとその一員との関係性において、「信頼関係」というのは大きなウェイトを占める。なぜなら、成果というのが誰の目にも明らかなケースであっても、それはたまたま運が良かったから、の一言で片付けられることも多いし、多数の人が関わっている案件であれば、Sさんだけでこの案件が取れたわけではない、と言われることが多くなる。実際にそうかもしれないし、Sさんの決定的な仕事が寄与しているのかもしれない、しかし、それは証明しにくいのだ。プロジェクトリーダーや上司が、恣意的に情報を操作すれば、そのような成果の帰属が曖昧になってしまうことが多々あるのだ。

逆に何か不都合なことがあった時、そのスケープゴート、人身御供として、全く過失がないのに責任を取らされるようなことだってあるし、いわれのない誹謗中傷にさらされることもある。

理不尽さ極まりないかもしれないけど、それが人間社会でもあるし、結局は「好きか嫌いか」の二者択一の中で、嫌いな人間に負の結果をなすりつけ、好きな人間によくできた成果をまとわせたくなるのだ。

だったら、なるべく中立でいて、火の粉を浴びないように注意する生き方もある。だが、それは非常に難しい。誰にも文句の言われない仕事ぶりを発揮する必要があるし、時には戦い、時には距離を置くなど、相当な強さを要求されるからだ。

もしくは、貝のように固く防御して、薬にも毒にもならない、存在感を打ち消すように努力する方向もある。ただ、終身雇用的な日本の会社であれば、そのような努力が実を結ぶ可能性もあるが、外資系では難しい。それに、何かの役に立っているという、貢献感なしに、ただ経済的な理由だけで仕事を続けるのもストレスだ。

結局は、どこかでうまいバランスを見つけて、Decentな状況に居られるように、努力するしかない。

わかっているけど難しい

そんなことはわかっている、いたずらに経験を重ねてきたわけでもないのだから。でも、悩む、それも些細なことで。そう、些細なことなのだ。

ランチに誘われなかった、とか、メールをお願いしたのに一向に返信がこないとか、朝の挨拶をしたのに無視されたとか、会議の際に余計な一言を言われて傷ついたとか、そういったことだ。

こういう小さなモヤモヤが、自分自身の心理的な状況の違いで、ガン化したり、重たいしこりとして心の海に沈み時限爆弾とかしてしまって、「全てをご破算にしよう」という、破れかぶれ的な状況に追い込んでしまうのだ。

そこでヒントとなる論文がある。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている「職場の人間関係は些細なことで良くも悪くもなるー効果的なマイクロムーブを実践する5つの指針」です。

かいつまんで説明すると、職場の人間関係に影響を与えるのはその場では取るに足らないことにように思える、お互いの関係に影響を及ぼす「些細な行動や態度」、マイクロムーブが決定的な役割を果たすことがあり、人間関係を近づけるか引き離すかのいずれかの作用をする。この時我々が犯しやすい誤りは、些細なことをきっかけとしてネガティブな関係として誤解しやすく、一度決めつけたネガティブな印象は覆せないものとして固定化してしまう、ということである。

5つの指針は、その誤りに陥らないようにするもので、

  1. 相手の視点を理解する
  2. マイクロムーブは意図的なものではないかもしれない
  3. 客観的な外部からの視点に立って、自分の役割を理解する
  4. マイクロムーブとそれに対する自分の反応を書き出して、客観視する
  5. マイナスの面にばかりとらわれないで、プラス面とのバランスを考慮する

という指針である。

こういったことは、人生経験が長ければ当然わかっている、常識的な物事です。ただ、ここまで体系立てて整理できていないだけのことです。

そう、頭ではわかっているので、でも、心まではできていない。

意識しているだけで多少は変わるかも

先に述べた論文を読むことで、具体的に何かが解決するわけではありません。

ただ、そういったことを理解しているだけで、衝動的なマイナスの行動をとることを躊躇させてくれます。自分自身に対して、「わかる、わかる、気持ちはわかるけどさ、もうちょっと、冷静になってみようよ」と声をかけることができる気がする。

とはいえ、嫌なものはイヤなものです。でも、とるに足らない、誤解の連続かもしれません。自分が想定した以上のやばい状況なのかもしれません。だから、ちょっと冷静になって、修正点を探し出してみるのです。修正ができない状況であると、誰の目から見ても明らかになってから、転職を考えればいいのです。

決して慌てない、癇癪を起こさない

そのような状況に陥っても、十分に間に合います。慌てる必要はありません。

何か会社の規定に背くような行為があって(もしくはハメられて)、「懲罰」の対象になったとしても、時間稼ぎをしながら、転職活動することはできます。

癇癪を起こして、転職が決まらないのに自己都合退職してはダメです。

懲戒免職の汚名を着せられる直前まで、粘り続ければいいのです。自分に非がなければ、最後の1日で転職できる可能性は常にあるのですから。

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