情報選択眼

個人・個人、あるいは組織に属している人が、ネットを使って情報を収集しようとするとき、「広告」や「つり」などの意図をもった情報を避け、必要かつ信頼性の高い情報を選択することになります。

しかし、口で言うほどたやすいものではなく、情報を収集しようとしている人の背景知識の有無が問題になりますし、センスというか、感度というか、背後に潜む意図的な誘導を見抜く能力が必要とされます。

ですが、情報収集者側にだけ問題、というか責任を押しつけているようにも感じます。情報を提供している側が、真摯に必要とされる情報をわかりやすく伝える努力をして、信頼性を高めていくことが大切なのだろう。

善意の情報

それはすなわち、善意の情報というもの。裏を返せば、悪意のない情報ということになる。

ブログがそれなりに有用なのは、基本的に善意の情報からなっているブログサイトだ。体験談とか、人柱になって試してみた、という情報は、一つの事例として参考になる。ブロガーと自分とを対比することで、ニーズが一致するところと、不一致な部分を考慮して、一つの見解を得ることができる。

自分と同じ側、情報を必要とするサイドからの視点に立っているので、参考になる点が多いのだ。

一方で、供給者側に立った記事、「広告」「つり」「アフィリエイト記事」は、偽りの視点で語られる。例えば、押しつけがましい説明が挿入される。

「XXXな時は、OOOができると重宝する」などというように、XXXとOOOとの関係を論理的に説明できないのに、それが当然というように主張が展開していくのだ。

一方で、善意の情報であれば、

  • 想像しなかったZZZということになって困った
  • VVVという情報が、NNNといった点で参考になった
  • まさか、BBBがMMMになるとは思わなかった

といった説明で展開される傾向にある。一方で悪意の情報は、素直で率直な情報の展開をすることは難しい。

偽善な情報

一方で、情報提供者が良かれと思って書かれた情報の場合には、その人の思い込みだけで書かれた「偽善」であることもある。

私もそうならないように気をつけています。

例えば、ブログサイトをまたゼロから始めたいと思ったは、過去の自分の記事と現在との自分との間のギャップに不快感を感じていたからです。

この偽善な情報を見極めるポイントとしては、

  • 記事の情報展開が「素直で率直な」説明であるか?
  • 筆者独自の視点だけで語られていないか?
  • 押しつけがましい論調?

などの点ではないでしょうか。

情報の感度を高めるには

これは、私が努めていることですが、まずは自分なりの見解を添えて発信してみることです。

ブログに書くでもいいですし、SNSで親しい内で発言してみるでもいいでしょう。自分の頭の中だけにとどめておかないで、文章にしたり、話したりすることで、自分の考えの不十分な点、理解が追いついていないところが明らかになります。

正しいと思っていた情報が、悪意を含むものであったり、「つり」であることを認識するには、何らかの行動を起こしてみないと判別つかないことがあります。

そうして、判断の確認を続けることで、判断力がついてきます。

何事にも経験と適切なフィードバックの繰り返しが必要なのです。

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