facebookは自分にプラスになるか?

もうしばらく、facebookを利用していない。

別に、facebookをめぐるプライバシーの問題とか、経営者のこととか、運営会社のことなどを問題視して利用していないという理由ではない。ただ、時間の浪費と自分の関心の浪費がイヤになっただけだからのことです。

人の自慢話?

「いいね!」という、投票を集めるような、自慢話的な話題がどうしても多くなってしまう、仕組みとしての基本概念が、最近特に自分の自由度を減少させるような気がしてしまうのです。

週末、特に人に自慢したいようなことをする必要などなく、単純に自分がしたいことをしていればいいだけのこと。それを、「わたし、今、XXXで楽しんでいます(いいでしょ)」的な発信をすることに、意味などあるのだろうか?と、思うのです。

自分が自慢すること、他人の自慢、それらを交換することで、無用な「他人と自分の比較」をしてしまいます。それは無用なストレスではないでしょうか。

自分は自分の人生を歩んでいるから、と強く独立性を保とうとしていても、他人との比較を避けることは難しく、自分の幸福度を下げてしまうことになりかねません。

緩やかなつながりのはずが

緩やかにつながる友人のネットワークの再構築、としてのfacebookはある程度の年齢以上になるととても便利なものです。

中・高校を卒業して、実家から遠く離れて、数十年が経つと、その頃の友人との縁はどうしても薄くなります。社会人になって、研修や勉強などで繋がった友人との繋がりは、緩やかに繋がっていれば、それはそれでいい刺激になります。

でも、そうそう毎日繋がっていたいものでもないのです。

「お、久しぶりだな」ぐらいの感覚がちょうどいいのであって、まるで職場のように、毎日情報が流れ込んでくるのは、如何なものかな、と思うのです。

でも、繋がっていないと情報のやりとりが難しくなる、というのは面倒です。ご丁寧に、facebookから新しい書き込みがxx件ありますよ、とアラートまで飛んでくる始末です。

緩やかに繋がりを保っておきたいだけなのです。

そうそう頻繁に、その人の動向を知りたいわけではないのです。

発信したいならブログに書く

わたしの場合は、オウンメディアとして、このブログを書いています。考えたこと、実行したこと、経験など、発信したいことは自分でプライバシーの保護を考えながら、ブログで発信ししています。

ネットの雑踏の中で、独り言をしゃべっているだけに近い状態ですが、それでも、ログは残っていきます。

ですので、facebookで無駄に、意図せざる形で、影響を受けてしまうぐらいなら、もっと主体的に動いた方がいいのではないかと、そんな着地点を見つけました。

なので、しばらくはfacebookから離れていこうと思っています。

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