振れ幅

経済にしても、自分個人のことにしても、振れ幅が大きいというのは、不安定な状態にあることを明確に定義している。

例えば、株価。リーマンショックの頃は、大きく下がったと思ったら、買い戻しで大きく戻ったり、振幅が非常に大きかった。大前研一さんは、株価の変動値をプラスマイナスに置き換えてまるで地震計のような波形を見せて、市場の動揺ぶりをわかりやすく示していた。

個人の機体と不安についても、プラスとマイナスの数値で表現できるとすれば、アゲアゲの瞬間と落ち込んだ時の落差の大きさ、振れ幅の大きさで、その安定感を測ることができるだろう。

振れ幅が大きい時に判断しない

自分ルールの一つとして決めているのは、プラスとマイナスの変動が大きい時は目先の情報に釣れられて判断するのは危険、ということ。

株関係でも乱高下する時は、細かな動きに一喜一憂しやすく、精神安定上好ましくなく、適切な判断ができるか自信がない。それよりも、市場全体が悲観的な見方に支配されていて、実力を全く反映していない相場が安い状況で投資するほうがいい。

自分の人生における判断も同じで、浮き沈みが大きい状態で、その場の勢いだけ、楽観的な見通しや、悲観すぎる思い込みに基づいて判断すると、ロクなことがない。

「動かざること山の如し」は、こういう時に使うものではないだろうか。

振れ幅を記録する

こうしてブログに書いたり、個人の日記に書くことは、すなわち自分の振れ幅を記録することでもある。数値に落とし込んで可視化できるわけではないけれど、

  • どんなことに不安を感じたのか
  • どのようなストレスを抱えていたのか
  • 何に期待していたのか
  • どのような変化を起こそうとしていたのか

ということを書き残しておくことで、自分の振れ幅が見えてくる。

日記やブログを書いていない時期は、日々に忙殺されていることが多く、自分との対話ができていなかったり、一方向しか見ていないことが多い。そういうことも振り返ればわかってくる。

将来を予測するには

書き残すことが記録であり、それがベースにあるならば、書いていないことも記録になる。それらの軌跡の延長線引いてみれば、延長線が大きくブレているのか、安定した直線状態に近いのか、そのぐらいの見通しをつけることはできるだろう。

将来への延長線を見つめることで、次の一手が見えてくる。

まるで歴史を学ぶことの意義のように、自分の記録から将来を見通す。

そうゆうものではないかと、思います。

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