健康であること

何はともあれ、第一に優先すべきは「健康」であること。

これが損なわれてしまっては、土台から全てが失われてしまう。

しかし、そうとはわかっていながらも、体が発する不調の声に耳を閉ざしてしまいがちだ。

健康を保つためには、それなりに自己コントロールをしなくてはならず、大変だ。場合によっては、経済的な負担も発生する。医者にかかるには、お金もそうだが、それ以上に時間の確保が求められる。

当たり前ほど軽視しやすい

健康であることを筆頭に、時間など、誰にも等しく与えられていると錯覚してしまう当たり前のことこそ、軽視してしまいがちだ。

そして、失われて初めて後悔する。

そうならないようにするためにどうするかという、具体的かつ、包括的な方法などない。

個々人が、自分のやり方で上手に管理していくしかない。

軽視しがちな「健康」をどのように維持していくかは、日頃の生活習慣に依存するとわかっているが、それを変えるのは並大抵のものではない。

例えば、毎朝散歩するとか、ジョギングするとか、言葉にしてみれば簡単なことだが、これを継続するのは難しい。三日坊主になってしまいがちだ。

当たり前だ、簡単にできると思いやすいことこそ、継続的な実践は難しく、軽視してしまう。

積み重ねを見えるようにする

結局のところ、ベーシックなアイデアを一つ一つ実施していくしかないだろう。

毎日の些細なことを積み重ねて、それが当たり前の状態になるようにモチベーションを保ち続けることだ。

例えば、

  • 毎朝、起きたら体重をはかる
  • アクティビティモニター(Apple Watchなど)を使って、心拍数をモニタする
  • 毎日の睡眠時間の記録をとる
  • チェックリストを活用して、毎日の実行状況を記録し、振り返る

というような、些細なことを積み重ねていくのが妥当だろう。

記録魔体質の人であれば、増えていく記録がモチベーションとなる。

しかし、そうでない人であっても、普段は意識しない記録が積み上がっていくと、これまで見ることのなかった自分のことを客観的に眺めることのできるいい機会になる。

自然と身についた健康への習慣は素晴らしいけれど、誰もが実践できるわけではない。できるだけ余計な努力を必要としないで、自然に積み重なる記録から意識を変えるきっかけが得られる方が、なんだかとても自然に感じる。

軽微な不調に敏感になること

健康を保つには、病気になる前の「軽微な不調」のサインを見逃さないことに尽きるだろう。

そのためには、平常時を知り、なんかいつもと違うという感覚の違いに敏感になった方がいいだろう。

その次は、どこから専門家、つまり医師に診てもらう方がいいのか?の判断をするか、という点になる。でも、難しい。我慢ができなくなったらでは遅すぎるかもしれないし、軽微すぎて診断の対象に上がらないかもしれない。

気軽に相談できる医師が身近にいればいいのだけれど、そうではないのも悩ましいです。

結局は、自分の身は自分で守るしかないのでしょう。

今日も元気で、良い一日となるよう、当たり前を積み上げていきましょう。

Follow on Feedly