マイナスの心技体

武道などでいう「心技体」は、通常はポジティブな効果を期待して使用されることが多い。例えば、良い結果を得るためには、、、というような文脈の中で使われる。気力、体力の充実で、「技」が冴える、という具合に。

しかし、実際は逆の場合が多いのではないだろうか、すなわち戒めとして存在するのではなかろうか。

うまくいかないときは体調も良くない

何をやってもうまくいかないときはある。

自分自身に問題があるときもあれば、環境的にどうにもならないときもある。

こういうときは、泣きっ面に蜂のように、体調面も下降線を描くことが多い。

かくゆう私も、先週末から風邪をひいて、体調は良くないまま。

週末だけでなく、昨日までブログを書く気力が持てなかった。

何事にも波があるのは事実で、いいときもあれば悪いときもある。

巡り合わせはコントロールできないけれど、自分の行動はコントロールすることができるので、どんな時でも最低限のパフォーマンスを発揮するために、習慣の力を利用するなど、様々なLifeHackとしてのテクニックが存在する。

落ち込みがあるからこそ

しかし、気分的な落ち込みはなかなかうまくはいかない。

心が落ち込んでいると、体も同時に落ち込み、そして「技」が繰り出せなくなる。悪循環といえばそれまで。でも、こういう落ち込みがあるからこそ、スピードを落として、周囲をよく見て、内省して、新しく再スタートを切ることができるではないだろうか。

気力が萎えて、体力的に谷間を迎え、風邪をひいた時、そこはあえて無理をすることなく、じっくり休養する。

そうすると、今まで見えなかったことや感じなかったこと、素通りしてしまったことを取り戻すことができる気がします。

時計の針を少しだけ戻して、プレイバックし、見落としていたものを再確認する。落ち込みも悪いものではないな、と思うのは、そんな時です。

やはり、きちんと振り返る機会は大切なもの。心身面の低下は、それに気づくためのサインなのかもしれません。

立ち上がりを急がない

余裕がないときに限って、、、ということもあります。

でも、それは致し方ないこと。自分ではコントロールできないから、落ち込んだわけです。自分が悪いわけでは、決してない。

だから、焦らずに、じっくりと立ち上がることです。

慌てて、立ちくらみしてしまったら、元も子もないのですから。

静かに、騒がず、ゆっくりと。

あくまで、自分本位に立ち返って、じっくりと立ち上げること。

もともとそういう機会なのですから、しっかり利用しよう。

生かされているし、自分で生きるということ

自分という存在は、自分自身だけで成り立っているわけではなく、周囲から生かされているもの。手垢がこびりついたような話ですが、確かにそれは事実。

巡り合わせで下降線をたどっているときは、無理やり急回復させようと空回りするよりも、なぜここにきての下降線なのか、自分自身の人生と、自分の周囲の状況をよくよく考えて、これからをしっかりと見据えて、ゆっくりと立ち上がればいい。それだけのことだと思うと、気が楽になります。

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