情報収集と整理だけでは何も産まない

情報をひたすらため込み、ただ整理することに、一体意味はあるのでしょうか?自分の中だけで完結する、いやため込まれているだけという状態に、意味は?

無いでしょう。

情報が持つ価値とは、活用されてこそ。活用されない情報は、単なるデータと同じです。情報の活用度合いを自動的に集計するようなソフト、サービスはないものでしょうか?クラウドサービスやソフトウェアでは、見あたらないようです。ですが、ネットで発言し、情報をリンクし、蓄積する作業を続けることで、自分にとって価値ある情報の体系ができあがるのではないでしょうか。ひいては、それが「自分メディア」になるように。

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行動管理する意味合いについて〜カズのエッセイから(日経新聞)

いつも楽しみにしている、日経新聞のカズさんこと三浦和良さんのエッセイ、「サッカー人として」。本日のエッセイでは、内なるルールは破らないことについて、非常に興味深い話をなされています。特に共感したのは、自分で決めたルールを守ること、そのことが「楽しい」という境地に至っていることです。他人がどう思うかは関係ありません。自分が望む状態にいられること、それ自体が幸せなのですよね。それを達成するためのルールですから、きついとか、守れないということはないはずです。

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最近のLifeHackブーム(?)に感じる違和感

LifeHackブームというか、Smart phoneやクラウド・サービスとマニアックに連携させて、テクニックに走る現在の風潮には食傷気味です。そんなのどうだっていい。もっと、本質を!が最近のテーマです。小手先のテクニックを自分のものにして、仕事やプライベートを理想な状態にもっていくならともかく、テクニックに目移りして、本来目指すべきところを見失っているとしたら不幸なことです。

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書き残すことは情理分離の第一歩である

思ったこと、感じたことを頭の中だけにしておく、つまり書き残すことをしないと、「思い出す」ことができなくなります。それと同時に、反対方向にある「忘れさること」も出来なくなってしまいます。そして、感情の記憶だけが残ると、厄介なことになります。それは、年をとればとるほど、厄介な怪物に成長します。

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最適化はゴールにはなり得ない〜変化する時代を生き抜く方法

ますます変化の早さが早くなり、その寮も大きくなって行くであろう2011年をどう生きたらいいのだろうか?最適解を求める努力も一つの方法ではあるが、そもそも変化の時代に「最適解」というのは存在するのだろうか?解くべき環境が大きく変化するのであるから、都度「最適解」は変化するであろう。その変化を追いかけるのではなく、「環境」の適合して生き抜くことこそ、最善の方策かもしれない。

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「目的のための手段」を目的化することの愚

「手段」の実効性が失われた段階になっても、惰性や「変化」に伴うリスクの見積もり、さらにはこれまで行ってきたことに対する評価、そのことに対する責任追及などが取り巻いて、にっちもさっちもいかない状態になる。

「前提条件」を意識して、「目的のための手段」を目的とすることがないように、そして柔軟に「本来の目的」の達成に集中できるように、3つの質問を自問自答するようにしたいものです。

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