機会に恵まれないと嘆く前に

一定したパフォーマンスを発揮するのは難しい。

自分の調子の上げ下げだけでなく、周りとの噛み合わせの調子の良し悪しがある。

両方ともに悪い調子だと、目も当てられない。

でも、自分の調子はいいのに巡り合わせが悪くて、自分の調子の良さを生かせないのはもっと辛い。

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十分なパフォーマンスを発揮できる自信があるのに、その機会に恵まれないことは長い人生において結構あります。機会との出会いは、自分自身でコントロールできないので、無力感を感じます。こういうのが、地味に辛いものです。

機会をコントロールする?

パフォーマンスを発揮できるか・否かは、コントロール不可能な「機会」に左右される。

とすると、一定したパフォーマンスを発揮するには、「機会」を自分のコントロール下に置く、神がかり的な「運」が必要なのだろうか?

機会というのは、自らコントロールできないけれども、「自分」と「周囲」の関係性、巡り合わせという側面がある。良い循環が期待できる環境に身を置くのと、絶望や厭世が支配する負の環境に身を置くのとでは、「機会」に出会う確率が全然違うのは容易に想像できる。

人生を変えるには、

  1. 仕事を変える
  2. 住む場所を変える
  3. 付き合う相手・友達を変える

といった方法が一般的だ。

つまりは、「周囲」を積極的に良い方向に変えようとすることが大切で、その部分だけは自分で意思決定できる領域です。

そのように考えてみると、「機会」そのものはコントロールできないが、自分でできる範囲で「周囲」を自分の好ましい状況に持ち込むことはできる。好ましい状況に身を置くことで、「機会」に遭遇するチャンスを増やすことができる。
好ましい状況に身を置くことは、習慣により十分にコントロール可能である、ということです。

生活習慣というけど

イチローなどの一流アスリートは、自分のリズムを保つために、起きる時間からご飯、生活の一つ一つまで、厳格に同じリズムで刻んでいます。

村上春樹の手法と読んだことがありますが、毎日決まった時間に机に向かい、どんなに調子が良くても決まった時間に強制的に終了にして、小説などを書くそうです。

さらに、自己啓発的な話の中には、「良い習慣」を継続することの大切さを説くものに溢れています。

なんとなく、うさん臭さのようなものを私は感じていましたが、次のように考えてみると、ちょっと納得感が出てきました。

「機会」に遭遇するチャンスを増やすための「環境」コントロールの一つの手段が、生活習慣を良いものにする努力ではないかと。

コントロール不可能な「機会との出会い」ではあっても、確率を高めることはできる。

ならば、朝起きてから寝るまでの好ましい行動を決めて、毎日なぞるように同じ行動をとれば、「出会いの確率」を高い状態にすることができるかもしれない。それが、好ましい習慣というものなのでしょう。

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編集後記

こういう話は、実行することがはるかに難しい。

しかしそれ以前に、わかったつもりになっていて、知ったかぶりしていることの方が多いように思う。

もともと書いていた文章は、全然違った結論を導いていたけど、一晩よく寝て、推敲していたら、結論が変わっていた。

自分と対話し、深く考え直すことで、別な考え方に導かれていったようだ。

今日からは、「機会との出会いの確率」を高めるために自分でできることは何か?と問いかけて、日々を楽しんでいこうと思います。

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