ブログは自分と対話した結果

3月4日付の勝間さんの以下のブログ記事は、確かにその通りだと納得しました。


私もブログを書く側に所属していますが、「自分1人でいられる時間」がないとブログを書けません。

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自分との対話

勝間さんが書いているように、

ある意味、ブログは自分との会話ですから、人と会話をしなければいけない時に、わざわざ自分と会話をすることがないので、ブログにものを書く必要もないし、あるいは書くためのアイディアもあまり生まれないのです。

私も感じたこと、考えたことを自分自身と対話するかのようにブログを書いています。

その根底にあるのは、「発信したい」、「伝えたい」という欲求があるからなのでしょう。

営業などで人に頻繁に会う日や、接待などでいろいろな話をしたときなどは、「発信したい」という欲求が満たされています。そんなときは基本グダグダで、気力を振り絞って睡魔と戦い、酔いにもめげないで、ブログを書くなんて神様みたいなことはできません。

ブログに書くのは、発信する欲求を満たしたいという面がある一方で、やっぱり自分と対話しているのが好きだという性格も大いに関係しています。

登山を趣味にしているのも、根本には「自分との対話が楽しい」というものがあります。目の前で展開される景色だけでなく、そこに至るまでのプロセス、自分の体との対話、心との対話が必要とされるアクティビティであるところに惹かれています。

小学生から高校生まで県道を習っていましたが、そこでも試合に勝ちたいという欲求よりも、自分と対話して自分を高めたいという欲求の方が優っていました。

だから、どうしたらより良くなるのかを考えることが好きで、それがブログのネタになっていることに気がついたのです。

受け身で情報を受け取るだけはつまらない

だから、だらだらとテレビを見て受け身で情報のシャワーを浴びるのは大嫌いです。

それでは何一つ自分自身と対話することができないし、誰かの恣意的なバイアスを受け取ってしまいやすい。自分が考えたり、体験したりしたことでもないのに、さも知ったかぶりな態度を取ってしまうことになる。

それって、結局自分を殺しているのと同じことで、いつ終わるかわからない短い人生を無駄にしているような気がします。

自分が主体になっていかないと、そして現在はそれが可能になっている状況だからこそ、受け身にならないで、自分と対話する機会を少しでも活かしていきたいものです。

まあ、変わり者と呼ばれる誹りを、好評と受け止める図太さを持ちながら。

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編集後記

ブログを書く機会、すなわち自分と対話して昇華するチャンスを大事にしたい。

ブログ記事の粗製乱造にみえるかもしれませんが、一つひとつ真剣に取り組んでいます。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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