情報よりもインスピレーション

林信行さんの2018年4月号のMacFunの連載のタイトル。

まさしくその通りで、情報を多く持っていることに価値はなくなった。

無数の点を知っていることよりも、その中から重要な点を取り出して、線を作り、面を作っていくこと、これこそが21世紀の知識と呼べるものだろうと共感する。

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その情報は後で必要?

RSSなどでブログ記事を追いかけたり、ソーシャルネットワークで取りざたされているリンクを読んだり、キュレーション・メディアのニュースを追いかけたり、と情報はいたるところにあふれている。

溢れかえっている情報を追いかけようとしても、途端に徒労感に襲われてしまう。全てに目を通す時間などないからだ。

不安にかられたり、功名心に駆られて、情報を追いかけ回したとして、その情報は後で必要となるものなのだろうか?

後々に必要とならない情報に価値はない。消耗品としての情報に価値などない。

情報を結びつけて、新しい価値を見出すことができなければ、元々の情報に価値はない。それは、ビックデータと言われるものを上手に分析できなければ意味がないことと同じだ。情報そのものに価値はない。価値を見出すことのできるインスピレーションがあってこそ、初めて価値が生まれるのだ。

検索可能な情報か?

仮に後で必要となりそうな情報を入手したとする。

その情報は「どこか」に格納することになるのだが、上手に格納できる場所を用意できたとする。

実はここからが問題で、現時点では予測不可能なその情報が必要となる時が来た時、首尾よくその情報を取り出すことができるだろうか?

あ、知っている。読んだことがあるけど、全部覚えてない。

詳細な情報も含まれていたと思うけど、あれ、どこに置いておいたっけ?

とならないために、十分な準備をしているだろうか?

情報を格納するEvernoteというクラウド・サービスがある。

これを使っていても、確実に検索できる情報というのは限られている。

「超」整理法の野口悠紀雄氏が、「ポケット一つの法則」と提案したように、全ての情報をEvernoteに集約することで、このサービス内で検索すれば必ず見つかるはずだ、という状態にすることはできる。しかし、検索で絞り込むのは容易ではない。

種々雑多な情報にあふれていると、検索するときのノイズはどうしても大きくなってしまう。情報を入力した時、重要だと思ったキーワードは時間の経過とともに陳腐なマジック・ワードになっていて、検索ノイズを低減する効果を発揮できなくなったりする。

では、どんな努力が必要なのだろうか?

月並みな回答となるが、情報の棚卸を定期的に行い、情報の精査と絞り込みを実施し続ける依田の方法がないのではないかと思う。その上で、同種の情報を廃し、できるだけ分野の偏らない、多様性にあふれた情報の森を作るようにすることである。

興味を持つと、類似の多量の情報を抱え込もうとしてしまう。

そのままの状態で放置してしまうと、重要なものから無価値なものまで、同じ場所に区別されることなく放置されてしまうことになる。これでは検索で重要な情報だけを抜き出すことなどできなくなる。

興味の興奮状態が冷めた時に、根源となる価値ある情報と枝葉末節の情報とを見分けることは容易になる。その段階で、枝葉末節な情報を整理し、本質的な、応用可能な、基本・原則の情報を残しておくのだ。

そうすれば、検索した時に本当に重要な情報にアクセスすることができるようになるだろう。

定期的な整理を

先週から少しずつ、Evernoteのノートブック構成に始まり、一つ一つのノートについて精査し、整理整頓を始めています。この作業は結構楽しい反面、自分に対してガッカリすることも多々あります。「どうしてこんなつまらない情報を後生大事にしていたのだろう?」というように。

Evernoteの整理が完了したら、このブログサイトの記事も整理しようと思います。

現時点では役に立たない情報を取り除き、時代が経過しても有効な、骨太で根源的な情報に整理集約することができたら、自分の分身としてのサイトが完成するのではないかと期待します。

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編集後記

検索可能な情報ベースを持つこと。

私にとっては理想的な環境です。その環境を構築しようとすると、必然的に点と点を結ぶインスピレーションが湧いて来るだろうと、根拠のない自信を持っています。

そんなインスピレーションにあふれたブログ記事を書いていきたいと思います。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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