転職という選択

外資系という少し特殊な環境に身置くようになって長いですが、年末の時期は自分の業務査定があったり、来年の目標立てたりで、落ち着かない時期です。

また、突然リストラの対象と告げられるのも年末年始の時期であり、世間の喧騒とは裏腹に心中穏やかでない季節です。

スポンサーリンク

緩慢な突然死

日系の企業に勤めていた時は、見かけ上の安定にうまく騙されました。

配属された事業部は、内々定の時に内々定者を集めて見学した研究所であったし、2年目になって「収益性と将来性が厳しいらしい」という噂を耳にすることがありましたが、先輩と話をしてもどこかでひとごとのような感じで、切迫感がなかったからでした。

兎にも角にも毎月決まった日に給料が振り込まれるし、毎日・毎月の仕事の内容に大きな変化もない。それに、当時は置かれた立場でベストを尽くせば良い、とだけ考えていればよいと思っていました。

まだそんな時代だったのです。

しかし、嵐は突然やって来ました。

全く縁もゆかりもない別の仕事、素材の開発業務から医薬品の営業へと、人事発令が出たのです。青天の霹靂とは、まさにこのことでした。

自分の努力いかんにかかわらず、会社の業績は上下に乱高下します。昨今見られる不祥事により、大ダメージを受ける可能性だってあります。自分は何も悪いことをしていないのに、自分の価値を否定されることだってありえます。

会社の業績の悪化を受けて、リストラの対象になるかもしれませんし、会社あるいは事業部自体が身売りされたり、業績低迷を受けて事業そのものをたたんでしまうことだってあります。

大前研一氏が「産業突然死の時代」と述べたように、これまで盤石だと思った事業が、突然消失の憂き目にあうかもしれない時代になっています。

そこまで至らなくとも、会社や事業部が生き残るための経費削減という理由で、仕事が外部委託されたり、海外に移転してしまったりします。

そうやって、拠り所だったはずの仕事がなくなり、茫然自失としてしまうかもしれません。

自分のルーツを否定するか、肯定するか

このように、寄らば大樹の陰のように組織任せ、人任せにしていると、表向きの漠然とした安心に包まれて盲目になり、一方的な都合で突然放り出される。

雇用は保証します、などと言われても、ただ仕事ができてお金が貰えればいいという程、単純な話ではない。

なんの為に大学、大学院に進学して、学んできたのか、その理由と夢を否定されて、平気で人生を送ることはできるのでしょうか?

守るべき家族がいるから、というのは一見立派な理由だが、社畜化し、感情を殺し、夢をなくして、廃人のようになっている親を配偶者と一緒に暮らしていて、幸せな家族だと言えるのだろうか?

生きていくには、収入が必要だ。

しかし、それと同時に「自分らしく生きること」も同じように大切だろう。

だからこそ、「武士は食わねど高楊枝」という言葉があるのではないか。

自分でコントロールする

サラリーマンは、気楽な稼業…ともてはやされたのは、私が生まれたばかりの1970年代のことらしいが、確かに明日は食肉用に回されるかもしれないのに自由を謳歌していると勘違いしている「食用豚」と大差ないかもしれない。

自らを磨くことをしないで、言われたままにモーレツに働いているだけ。

自分で金を稼ぐための努力、自分の市場価値を高めるという努力をすることなく、ただ企業組織、事業所、工場、というムラの中でうまく立ち回ることしか考えなかったのだから。あるいは、自己満足に浸っていたかのいずれかだ。

フリーランスや個人事業主のように、事業の状態を全て把握しているのであれば、収入が少しずつ減っているという現実を肌感覚としてわかるようになるし、だったら何をして不足している収益を高めていくべきか対策に取り掛かることになる。

そうやって、当事者としてコントロールできる対象を見出し、危機的な状況から脱却するためのありとあらゆる方策を講じる。

明確な前兆をつかみ、対処しようともがくことはできる。

しかし、サラリーマンの場合、人事部や上司から直接の勧奨を受けるまで、自分の置かれている立場を正しく理解できないもの。

自己評価が低くて、「ちょっと、まずいかなーぁ?」という程度だと思っていたら、思いっきりリストラの対象者になっていた、というのは私のイタイ経験です。

転職をするということ

ずっと同じ場所にとどまり続けることは、楽です。

我慢することさえできれば問題を起こすことはなく、時間をかけて作られた組織内の人脈、会社の名刺で作られた人脈、仕事のやり方の引出しの多さ、自分の居場所など、ありとあらゆる高度なネットワークの中で仕事しているからです。

しかし、転職をするとそのネットワークから完全に外に出てしまうことになります。

人脈と思っていたものは会社の名刺の持つ力で作られた砂上の楼閣だったりするのです。日々の仕事のつまらない雑用ごとも、一つ一つ新しく手順を覚え直さなくてはなりません。まずは仕事以前の部分で、関門が多く待ち伏せています。

もちろん、仕事の本質的な内容も新しく覚えなくてはなりません。

その上で、即戦力としての期待に応えなくてはなりません。

それには、過去のネットワークを補修しながら、転職先でのネットワークを作り直さなくてはなりません。質問したくても、誰に助けを求めるのが一番効率的なのかがわかりません。自分の居場所というものがなく、とても不安で心地悪いものです。

なぜ転職するのか?

それなのに、なぜ?

前の職場から逃げてきた転職は、すぐにボロが出ます。
いずれ近いうちにまた追い出されることになるでしょう。

そうではなく、積極的に自分を高める目的で転職する場合、

  • 同じ所にとどまって成長が止まってしまうのが怖かったり
  • 単純に飽きてしまって新しい刺激や挑戦を求めている場合
  • 新しいことや変化に身を置くことが好きなだけかも

などと理由はたくさんあるでしょう。

要するに、「安定に見える停滞」が嫌いなのです。

楽なんですけどね。それが、つまらないのです。

飽きるまで前に進んでみよう

自分の価値観をもって、周りにおもねることなく自分で決めていく、主体的に考え、漠然とした将来の不安に向き合い、自分を高めた前に向かうことを諦めない。そういった生き方をしていると、自然と転職をしていくことになるのではないかと、どうしても思うのです。

組織の変革のスピードは、個人の成長ペースよりもかなり遅い。

だから、前に進もうと決意したときには、所属している組織が足枷にしかならなくなってしまう。

私の場合、転職しなくてはと思う転機がおおよそ5年周期で回ってきます。

今は丸4年経過したところですので、そろそろ来年あたりにやって来るでしょう。

年齢も年齢ですし、そろそろマネジメントの仕事、もしくは、完全な専門職として、何なかのポジションを意識した主体的な転職を考えるべき時期に来ているのかもしれないと思っています。

よく読まれている記事

スポンサーリンク

編集後記

2017年も、仕事の上ではほとんど終わりに近づきました。

上手な終わり方をして、2018年を迎えたいなと思います。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください