時間の有効活用というムダな消耗はやめよう

Lifehack系の記事や自意識過剰系のブログ(ここもそうかも?)では、ほとんど周期的にというべきか、必ずどこかで「時間の有効活用」に関する記事を見かけます。

よく、

  • 時間は誰にでも平等に与えられている
  • 時間の使い方の上手・下手が生産性を大きく左右する
  • 時間の無駄遣いをやめましょう

とか、大きなお世話です。

誰しも、自分の人生無駄に過ごしたくないと思っていることでしょう。しかも、何が良くて、何が悪いのかなんて、後で振り返ってみてわかることがほとんどです。実際には、その時は全くわかってなく、振り返ってあれが転機だったと思うことが大半です。

「時間の有効活用」と簡単にいうけども、ことはそんなに単純ではないのです。

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ブロガーだったら多く記事を書けばいいのか?

ブロガーとか、物を書くことが仕事の人の場合、なるべく多くの記事を書けばそれでいいのでしょうか?更新頻度を上げて、ブログ読者に興味を引いてもらえるようなテーマや企画を考えて、良質な記事を多く書く努力をすればいいのでしょうか?

手垢のついたSEO対策や、記事の見出しの工夫などをして、アクセス数を伸ばす努力に時間を使えばいいのでしょうか?

そんな具合に、「多くのことをすることができるようになれば、より多くの成果が得られるはずだ」と思っているのだとしたら、大きな誤りだと言わざるを得ないでしょう。

それでは機械です。しかも前時代的な。

「生産量=成果」

という単純な話ではないのです。

残念な現実として、自分一人でできることには限界があります。しかも、通常その限界は、自分が想像しているところよりもはるかに低いのです。

すべきことは、周囲を巻き込み、合意を形成しながら、レバレッジをかけていくこと。例えるなら、触媒のように、雪だるまを作るように、ちょっとした変化を起点として、とてつもない大きな変化を起こしていくようなことをすること。

そういうことに時間と労力を費やすべきです。

ゴールを決める時に決める

時間というのは一様のように見えながら、濃淡があります。

それは、全ては相対的な関わりの中にあるからです。自分だけで世の中が回っているわけではないのです。相手があるからこそ、そして相手の都合があるからこそ、「持ちつ持たれつ」の世間が存在します。

お願いされている時に、期待されている時に、「やるべきこと」をやらなかったら、信頼関係を損ねます。

それは、決定的なゴールを決めるチャンスがあった時に、なぜかバスを出してしまったり、ゴールの枠外にボールを飛ばしてしまうようなものです。

決める時、決めて欲しいとき、そこでゴールを決めなかったら、全く意味ありません。

時間の有効活用という時に、90分間フィールドを駆け回って、前線からプレッシャをかけることをよしとするような態度であってはダメなのです。自陣に戻ってデフェンスしなくてもいいから、とにかくゴールを決めて勝たなくてはならない、と思う方が大事なのです。

逆もあります。

守りきらなければならない時に、不用意な横バスをしてインターセプトされ、カンターを食らって点を取られるようなヘマをしてはいけないのです。

野球で外野の深いところにヒットを打たれた時、中継プレーでモタモタして1塁走者をむざむざとホームインさせてはならないのです。

ここぞという勝負どきというのが何事にもあります。それは自分ではコントロールできないことがほとんどです。ですが、その勝負どきという一瞬に、自分のパフォーマンスを存分に発揮できるかどうかが、常に問われるのです。

無駄に走り回って、消耗してしまっていたとしたら、勝負どきに参加することができなくなってしまいます。

グレート・レース

最近、興味深く見ているスポーツがあります。

アドベンチャーレースや山岳耐久マラソンなど、エクストリームなスポーツ。

10時間以上や数日かけて競うレースでは、ペース配分や休息の取り方が、勝敗を大きく左右します。レース序盤にオーバーペースに陥り、レースの中盤前に自滅する者もあれば、計画的に休息を取り入れてイーブンペースで最終的に逆転する勝者もいます。

それって、時間の有効活用の話題といわめてよく似ているのです。

一時的な高いパフォーマンスを実現することができたとしても、全体を通して維持できるのかが問題なのです。

あらゆる困難やトラブルに見舞われ、厳しい状況に陥ったとしても、モチベーションを失うことなく、高いパフォーマンスをそ維持できるかどうか?

「一時的な量」に囚われているうちは、ここぞという勝負どきに実力を出すことができるかという問いに答えを見出すことはできない。

大切なのは、結果なのだ。経緯ではない。

「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」は厳然とした事実ではあるが、それに頼るようでは心もとない。どういう成果を期待するか、明確にゴールを決めて、刻々と変わる状況に応じて、最適なアプローチを選択し、実行することが求められる。

今すべきことは何か?

つまり、時間の使い方が重要ということではない。

「今という瞬間に何をするか?」がまず第一に重要なのであって、その期待する成果を意識することである。

  • 自分が何を期待しているのか
  • 周囲から自分に期待されていることは何か
  • 求める成果は何か

それらを達成するためには、「今すべきことは何か?」を問い続け、実行し、達成しなくてはならないのだ。

しかし、それは24時間ずっと続くわけではない。タイミングというのがある。それをチャンスという。そこを逃したら、別のところでどんなに優れたパフォーマンスを発揮しても、全く意味をなさない。

ここぞというチャンスに、疲弊した状態で遭遇するのは避けたい。

ここぞというチャンスに、準備不足で臨みたくない。

今すべきことが休息であるならば、迷うことなく、休息を取るべきだ。

将来期待するチャンスに備えて、下積みする必要があるなら、一心不乱に下積みをすべきである。

今やるべきと判断ら、万難を排してやり抜かなくてはならない。それはまさに自分の責任である。

それを判断できる環境を構築するのが、自己マネージメントであり、スケジュール管理であり、タスク管理なのではないかと思うのです。

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編集後記

年度が変わり、新しいスタートを切るとき。少しでも挑戦を後押しする記事を書くことができたらと思います。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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