「若い時の苦労は買ってでもせよ」というが?

格言にはこう記されている

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

と。もう中年の域にどっぷりと浸っている私からすると、正しいようでいて、そうでもないという実感がある。なぜなら、

  • 成長が約束されている苦労
  • 余計な苦労

の両方が確実に存在することがわかっているからだ。

では、なぜ昔の人はそういった格言を残したのだろうか?

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「していい苦労」と「しなくていい苦労」

苦労について、優劣を語ったり、難易度をどうこう語っても仕方ない。ただ、避けられる種類のものがあるはずだ。

例えば、「知識の有無」。

知らなかったでは済まされないほど、

知っているか、知ないのか

で、雲泥の差がついてくる。

知らないことで、無駄なことをしたり、余計な苦労を抱えてしまったりする。

それを経験と簡単に済ませてもいいかもしれないが、貴重な時間をドブに捨てることはしたくない。

知らないならば、

  • うまくやる方法がないのか
  • 他の手段はないのか

と、考えたり、調べたりすることにもう少し労力を割いた方がいいだろう。

闇雲に猪突猛進で進むのは良くない。でも、考えすぎで行動に起こせないのも考えものだ。

ちょうどいいところを意識して、そのバランスの中で最適な手段を選択する。

そうやって、「しなくてもいい苦労」を極力、排除していく。

また、知識だけではなく、自分の能力や技能に伴うものもあるだろう。

例えば、バソコンによる文書作成能力スピード。

ブラインドタッチでさくさくタイプできる人と、キートップを見ながら一文字一文字タイプしているような人とでは、スピードの差は歴然としている。一つのメールに回答するのに、5分以内で済ませられるのに対して、15分以上もかかっていては仕事の能率の違いは明白だ。

判断に要する時間の違いも、大きな差となって現れてくる。

テキパキと判断できればどんどん処理が進む。判断を自動化できる仕組みを導入していれば、もっと処理速度を上げることが可能だ。

そうやって、

  1. 選別し、
  2. 集中し、
  3. 自動化を進める

ことで、「煩わしさ」を排除することができる。そうやって、しなくてもいい苦労から距離を置くことが可能になってくる。

 

しなくてもいい苦労は経験値を上げてくれるのか?

問題なのは、しなくてもいい苦労をしていると気がつかないで困難なことをやり遂げた達成感に浸ってしまうことだ。でも、そういった「しなくてもいい苦労」を克服したことで、自分の成長につながる「経験値」の獲得はできたのだろうか?

  • ただ単に事務作業能力が高まっただけかもしれない。
  • その会社だけで通じる、会社遊泳術が高まっただけかもしれない。
  • 知ったかぶり度、が高まり、イタイ人の仲間入りをしただけかもしれない。

そうではない、と言い切ることなどできるだろうか?

間違っても、昔の人が言った「買ってでも」という種類のものではないだろう。

そういった「しなくてもいい苦労」とは、経験値を上げてはくれないのだ。むしろ、マイナスの経験値であったりする。

私は、そういう怖さが含まれるものだと、意識するようにしている。

「していい苦労」とは何か?

では、「買ってでも」するべき苦労とはなんだろう。

  • 自分の成長につながるもの
  • 人生における目的、経験しなくてはならないもの
  • 次の段階(ステージ)への入場券

今となっては、そういったものではないかと薄々わかってきた。いや、まだ分かったつもりかもしれない。何百年と続いてきた先人の知恵が、そう易々と分かるものではないだろう。

でも、そんな禅問答的な話よりも、もっとわかりやすい例えがあったことに先日気付かされた。会社での飲み会の席だった。

それはズバリ、「理不尽に対する耐性」だった。

理不尽・不条理に対する耐性を磨こう

会社の歓送迎会で、長年貢献してくれたアルバイトさんが4月からの就職のため、離れることになった。その彼がこう言ったのである。

サークル活動やってて(註:サークルのリーダーをやっていたとのこと)、色々と理不尽なことを経験してきたので、そういったことには耐性ができています。

なるほどな、上手いこと言うな、と感心した。

そうなのだ。

この世はままならない。自分の思う通りには、そう易々とは進ませてくれはしない。

神様はなんて意地悪な、と思うときはあるし、なんて不幸なんだ!と我が身を呪いたくなる瞬間だってある。

それでも、建設的に前に進まなくてはならない。一時の感情や怒りに身を焦がしてはならない。人はそれを試練というし、修行だという。そういったものが、「買ってでもすべき苦労」だとしたら、「理不尽に対する耐性」というのは、まさにそれを代表するわかりやすい例えではないか。

突然、予想もしなかった、

  • 理不尽
  • 不条理
  • 不義理

な目にあうことがあるかもしれない。そういうことに対する、耐性を養うことのできる立場や機会があれば、それに挑戦すべきだよ、というのが先人の教えなのかなと思う。

とりあえず買う、買ったのだからだめなら逃げる

大事なことは、とりあえず「買い」で対応してみることだ。

それで経験値を積み上げていく。苦しいことも、大変なことも、絶望的になることだってあるだろう。でも、忘れてはいけない。

「買った」のだ。

無理なら、逃げていい。

自分自身を死ぬところまで、追い詰める必要なんてない。

そんな責任感を感じる必要はない。

だって、「買った」のだから、挑戦したのだから。

無理だと分かったら、逃げればいい。勇気ある撤退だからだ。

買うことなく、門前で逃げたのとは違う。その分だけ確実に成長はしている。

ただ、まだ不十分だったのだ。何かが。

今はまだそれが何かわからないかもしれないけど、時が来れば、別の経験を積めば、多面的に分析することができて、分かる時が来る。思い知らされる時が来る。

そこまで、生きて、経験を積むべきだ。だから、逃げよ。

責任をとって、切腹を申し付けられる歳になるまでは。

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編集後記

世代の異なる人と話すと、色々と発見があります。

うざいオヤジにならないように、注意しつつ、上手に会話に参加できるように自分を磨かないと、ですね。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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