親指シフトGOの目的と成果

最近発売されたpomera DM200を購入したのは、いつでもどこでも「親指シフト」によるタイピング環境を構築したいと思ったからでした。

名付けて、「親指シフトGO」。

思いついたら、即、親指シフトによるメモをタイプするといスタイルです。

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親指シフトでマインド・キャプチャー

親指シフトGOとして、何をするか?

私がしたい事は、

心に浮かんだことをストレス・フリーで親指シフトですくい取る

こと。言い換えるならば、

マインド・キャプチャーのための環境

なのです。

そのとき、その時に、心に去来する、

  • 思い
  • アイデア
  • インスピレーション

を、そっくりそのまま写し取りたいのです。

自分の内面の、水底から上がってくる、細かな泡を、さっとすくい取り、永久的に保存する。

些細なことですが、過ぎ去れば、二度と同じ言葉は紡げない。

あの時、あの場所だけで、浮かんだもの。

それらを大事にしたい、と思ったのです。

40代も半ばになると、あまりにも常識や世間というものに囚われてしまっている。
反射神経的に、あまり考えなくとも、仕事や生活が成り立ってしまっている。
それが怖い。

自分自身の本来の声・思いを残しておこうと。

マインド・キャプチャーの方法

保存性と検索性を考えれば、テキストファイルに綴られた文章にするのが、一番取り回しがいい。

Evernoteに入れてもいいし、テキストファイルならば容量もかさばらない。簡単に同期・検索ができる。

さらには、客観視できる。

自分のゴーストが囁いたのか、あるいは世間や常識に囚われた偽りの自分が囁いたのかは、客観視することで判別できる。

客観視するにはシンプルな方がいい。だからテキストファイル。

手書きのノートは、感情的な面も記録できる可能性はあるが、客観視が難しい。
保存と検索性はさらに困難だ。

マインド・キャプチャーをテキストファイルにすることは決まった。

問題は、テキストファイルによる文章を、いつ・どこで、どうやって書き起こすのか?である。

心の言葉をダイレクトに入力する。

そんな方法が好ましい。

だが、心の言葉は大なり小なり「思考のフィルター」を経由せざるを得ない。

ダイレクトに入力する方法はない。
しかし、「思考のフィルター」が介在しすぎると、心の言葉とは似ても似つかない、別なものに変換されてしまいそうだ。

音声入力は、最もダイレクトな入力方法だろう。

しかし、ブツブツ話しているようで、気が滅入りそうだし、考え事を全て口にすることは、実はほとんどない。
わざわざ口に出すと、妄想というのは存在しないだろうし、恥ずかしくなったりする。

見た目的にも問題がある。ヤバイ人と、勘違いされるかもしれない。

さすがに人前ではできない。

スマフォでのフリック入力は、短いフレーズならいいが、文章は手間だ。

自分にとっては、楽とはいえない。

必要に迫られて、フリック入力はするが、やっぱり面倒だ、と感じる。

ある程度まとまった量の文章になるので、慣れ親しんだキーボードを使った入力方法がベストだろう。
そうなると、親指シフト以外に選択肢はない。

タイピングがとっても楽で、心地いいからだ。

心に浮かぶ一つ一つの日本語の「音」が、一回の打鍵操作に対応させることができる。

メロディとリズムを同時に打鍵する、ピアノだ。

考えていることを吸い取るかのように自然とタイプでき、文字としてテキストデータの形で残る。
ローマ字式のタイピングでは、感じにくい自然で楽な感覚。

WindowsとMacの違いとして、使っていて楽しく・嬉しくなる感じの違いと同じように、ローマ字タイプと親指シフトタイプは大きく違う。
IMG 6733

pomera DM200という専用環境の導入

親指シフトは、思考のフィルターの邪魔が少ない。

心の言葉と同じリズムでタイプするので、言葉にリズムが乗る。

しかし、親指シフトをどんな環境でも実行するのは、難しい。

スマフォでは画面の大きさの制約があるから、外付けのキーボードを使う。現実として、テーブルなしには利用できない。
スマフォの意味はない。

iPadのようなタブレットもうまくいかなかった。
画面上で親指シフトキーボードを実現し、タッチタイピングで入力できる環境を用意したが、定着しなかった。

ベンチや通勤電車といった机・テーブルのない環境で、膝の上に乗せて親指シフトタイピングするには、ノートパソコンのような一体型しかない。

で、pomeraという選択肢しかなかった。

「いつでも・どこでも」を実現するには、起動が早く、軽量で、しっかりしたキーボードが優先課題になるから。
しかも、モバイルバッテリーですぐに充電しながら使い続けることができることが、決め手となった。

入力したテキストファイルの取り回しは、さほど重視しなかった。

まずキャプチャーすることが大事で、二次的な利用は時間が十分にあるときにすればいい、と割り切っていたからだ。

もう一つの選択の理由は、「グローバルとローカル」の使い分け。

いうまでもなく、グローバル経済の中で生きていると英語は必須だ。英語で発信しなくてはならないことも多い。
キーボードは世界標準のUSキー配列。JISの配列ではない。

非常に細かいことだけど、「:」と「;」のキーの位置が別々になっていたり、「@」の位置が全く違うところにあったりと、いちいちストレスが大きい。

日本の中だけで生きていけるのであれば、ガラパゴスのJIS配列のキーボードを使えばいいだろう。
しかし、一歩外に出ればそんなの例外中の例外と気づかされる。否応無く。

世界は日本の都合を見向きすることなく、グローバル標準で動いている。

そんな、「グローバル標準」に身を置きながら、ささやかに日本人としての日本語を大事にしたいという思い。
そんなアイデンティティ志向が、「親指シフト」による自然な日本語の入力に惚れている理由なのかもしれません。

だからこそ、どんなときでも、自宅にいるときでも、自分の素直な日本語をタイプするための道具として、「専用機としてのpomera」を導入することにした。

「素直に自分と向き合うことができる環境」として。

私にとってパソコンというのは仕事のための道具であり、グローバルな成果の中で生きていくためのツールでもある。
そこにローカライズは求めたくない。
ブログを書くための道具は、パソコンでいいし。
PB131304

ゆく川の流れは絶えずして

あのときの考えや思い、発想は、あのとき限り。

記録しない限りは何も残らない。

一方で、記憶は自分にとって都合のよいように誤解することも、忘れてしまうも。

悪くはないが、客観できなくなる。

40代半ばの自分と、30歳になったばかりで「親」になっていない自分とでは、考えや想いが違っている。世界の見え方だってずいぶんと違う。

それらは後で振り返るとわかるが、具体的に「どのように違っていたのか」を確認する手段は、日記とか、パソコンに入れているメモとか、何らかの記録に頼るのみ。

だから、テキストファイルに残しておかないともったいないのだ。

何事も。

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編集後記

親指シフトGOを始めてから、テキストメモの量が増えました。でも、まだブログ投稿が増えるところまでは来ていません。

5分以上の隙間時間が見つかったら、pomeraをサッと取り出して文章を書いています。これらはまだドット、点にすぎませんが、やがて線となり、面になるのではないかと。

そうして、いろいろな発信ができるといいなと思っています。ブログへの好影響は、長期戦で考えています。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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