努めて聞く耳を

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昨日は関西に出張。

迷走台風による影響が心配されましたが、東海道新幹線は平常どおりに運行していて、拍子抜けするぐらい問題なく移動できました。

朝、東京は雨が残っていましたが、静岡県西部を超えると、すっかりと晴れ渡って、清々しい限りです。そういえば、久しぶりにスッキリした晴れ間を見たような気がします。

むやみに批判したくない

さて、ネットニュース、キュレーションサービスなどは数年前から比較すると、格段と進化しました。おかげで、新聞などを購読しなくとも、興味のある分野については、様々な一次情報から二次情報、一流から一般までの論説、それらに対するコメントまで、隅から隅まで拝読できるようになりました。

しかし、その一方で、SNSやNewsPicksなどで接するニュースには、必ず誰かのコメントが付いています。
コメントはとても参考になる一方で、結構厄介です。

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なぜならば、本文を読む前に、コメントの方を先に読んでしまいがちになるからです。

コメントを付与した誰かのフィルターの影響を受けてしまうため、「先入観を持たないで読む」ということが結構難しいです。

様々なコメントは、

  • こんな見方(視点)があったのか!
  • こんなこと思いもよらなかったな!

といった気づきや情報を提供してくれるという面白さの反面で、

  • 毒づいているだけではないのか?
  • 揚げ足取りではないか?
  • 言いがかりではないか?

といった、質の悪いコメントを見て不快な気持ちになったりもします。

ネットだから、玉石混交であることは理解してます。
しかし、建設的なコメントではない、自己本位的な批判コメントが跋扈することが多く、不本意ながらそういったものに影響を受けてしまう自分が嫌になったりします。

私は、極力他人の意見を批判したりしたくありません。若い時は、議論をふっかけたり、痛烈に罵倒した時もありました。まさに若気の至りでした。

でも、もうそんなことはしません。不毛だからです。対立してもしょうがないからです。というより、無意味だからです。

自分は正しいのか?

なぜなら、根本に「本当に自分は正しいのか?」という疑問が常に存在するからです。

自分に自信がないからではありません。傲慢ではないからです。

物事は、常に「わたしのフィルター」を通してしか、見ること・聞くこと・読むことができません。
「わたしのフィルター」とは、すなわち「バカの壁」と言い換えられます。それは、客観的で公正なものではありません。あくまで、これまでの私に依存してしまうものです。
ですから、”私ではない”立場の反対側から見たら、全然違った真実が見えるのかもしれないのです。
わたしは聖人君主ではないから、常に正しいはずがないと思っています。

事実は一つだが、真実は多面体だと信じています。

10人いれば十の異なる真実がある。

それが、Diversityというものであり、豊かな生態系というもの。

だから、むやみにやたらと批判したくない。
頭から全否定するようなことはしない。
しかしそうであっても、自分の思うところは主張するし、議論する。あくまで、建設的に。

心からそうありたいと思います。
自分がいつも正しいわけではない。
だから、謙虚に、耳を傾けることを忘れないようにしたいと思っています。

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編集後記

今朝は台風一過の爽やかな朝を迎えられそうです。関東は直撃を間逃れました。台風には本当に縁のない土地ですね。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

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