自分が成したことはいつまでも付いて回る

40歳も過ぎると、これまで自分がやってきたことが、様々な意味で「これからの自分」の前評判を形成していくことに戸惑うことが多くなりました。

どういうことかというと、昔の会社での同僚や取引先、関係者というつながりで、2、3人程度の知り合いを介してつながることが多いからです。特定の業界で20年近くも働いていると、有名にならなくとも、繋がりは多くなり、世間は狭いね、と実感するようなことが増えるのです。

スポンサーリンク

人の評判、自分の評価

酒の席などで、話題に上るのは、人の動向。

「あの人最近どう?」とか、「XXさんが、今度YYYYに移ることになって」という、お話。

昔を懐かしむ訳ではないし、社内人事をネタにするのとは違います。

属する業界の動向を思案しながら、知人を気遣う訳です。

過去と今と未来を重ね合わせ、それぞれ思うところがあるから、話題に上るのです。

こういう話題の時は、必然的にその人の評判とかを耳にすることになります。
ということは、どこかで自分も語られているわけです。なんだかドキッとするのです。

結局は、過去の自分がいつまでもついて回るのですね。こういった当たり前の事実に思い知らされるのです。

悪いことはできない

悪いことはできないものです。些細なことであっても、繰り返し語られると、自分の意に反した自分像が一人歩きしてしまいます。

あいつは、XXXだから、とまるで全てを知っているかのように、語られてしまうし、それが信じ込まれてしまう。実に危険なことです。

私は、人のことをあれこれいうのは好きではありません。でも、あれこれ言いたい人が多いのもわかっています。誤解されることの怖さ、面倒くささもわかってます。

武士らしく、讒言は自らの不徳の致すところ、という高潔さを持つのは困難ですが、全て自分のしたことは、自分に返ってくるのだ、という、因果応報であることは強く意識しなくてはなりません。

悪いことをやったら、将来を蝕む危険が大きくなるのです。

その場その場で最善を尽くす

できることといえば、その場その場で最善を尽くすこと。一期一会で臨むことなのでしょう。

誰しも、失敗したくてチャレンジするわけではありません。善かれと思って、やってみたけど、上手くいかなかった、というだけのことです。

結果だけではない、その時その時の態度が、様々なものを形成していくのでしょう。「真摯さ」を十分に発揮しているのだろうか?胸に手を当てて考えることしきりです。

そういった、真剣さでしか、自分は応えることができないだろう、そのように覚悟を決めたところです。

24時間以内によく読まれている記事

スポンサーリンク

編集後記

堅苦しいだろうけど、それも自分のスタイル。哲学でもある。この歳になって、覚悟が決まっただけなのかもしれません。

本ブログ記事の感想、ご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にご記入ください。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください