仕事の早い・遅いって、どういうこと?

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今もまだ、多くの人に読んでいただいている「仕事が遅い人の共通項」という記事、よく読まれているということは、「仕事の遅い・早い」に関心があるからなのでしょう。この記事で、私はよく定義もしないで「仕事が遅い」と断じているのですが、そもそも「遅い」とはどういうことなんでしょうか?

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「仕事が遅い」とは?

「遅い」ということは、それ自体がネガティブな言葉なのですが、どういった理由で「遅い」というのでしょうか。

先に挙げたブログ記事で、「あの人は仕事が遅いよね」と仲間内で話題にあげているのですが、実際のところ明確な基準があって話をしているわけではありません。

例えば、1時間で10個の規格書を作成したとか、10000通のダイレクトメールの発送準備を2時間で終わらせたとか、そういったタイムトライアル的な、

  • 単位時間(例えば1時間)にこなすことのできる定型作業の量
  • 一定量の定型作業を完了するのにかかった時間

こういったもので、仕事の速さを測っているわけではありません。

というか、仕事が複雑になっている今、「誰にでもできる作業」の早い遅いを議論できるような時代ではありません。ロボット作業をしているわけではないからです。機能が明確なロボットであれば、その機能に準じたスペックで評価できます。今の仕事は、そんな単純なスペックでは語ることができません。

それでも、現実として、私たちは

  • あの人は仕事が遅いよね!
  • 自分は仕事が遅くて、周りに迷惑をかけてないだろうか?

という具合に、「仕事の遅い・早い」を判断できます。しかもかなり迷いなく、ずばっと言い切れるものです。それは、

  「自分の期待」するタイミングに間に合っているか、いないか

この一点でだけ、判断するからです。それぞれに自分の基準があるから、迷いなく、簡単に言い切ることができるのです。

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「仕事の依頼者」が早い・遅いを判断する

複雑化しすぎたビジネスの現場では、一人でできる仕事は限られます。逆をいえば、一人では限界があるので、それぞれの長所を持ち寄って、1+1が2以上になるように効率を高めているのが、「組織」というものであり、「会社」というものです。他人との協力関係があってこそ、「会社」が存在する意義があります。

協力し合う場ですから、仕事においては、「依頼する」「依頼される」という関係がほぼ必ず存在します。

仕事が早いか、遅いか、は、「依頼する人」が語ることであり、「依頼されている人」が語ることはほとんどありません。依頼するときに、「期限」を伝えます。明確に伝えないときも多々ありますが、期限のない依頼ごとは、やってもやらなくても良いことであることが大半です。普通であれば、「期限を区切られている仕事」を優先的に考えます。

一般的には、その「期限」内に仕事を終えるように努力をします。この「期限を守る」というのは、待ち合わせ時間と同じようなものです。待ち合わせに遅れるならば、連絡するのがマナーですし、待ち合わせ時間よりもかなり前から待っているのもマナー違反です。仕事を依頼した人の期限に間に合わせることが大事であり、早すぎても、遅すぎてもいけないのです。それは、依頼した人の都合を考えるべきだからです。自分の都合を優先してはいけません。もし、優先したいのであるならば、頼まれたときに交渉すべきです。

遅い、というのは、依頼した人の期限に間に合わせることができなかったからなのです。すなわち、仕事が早いか遅いかを決めるのは、その仕事を依頼している人であり、その仕事ぶりを期待している人が決めることなのです。

あくまで、相対的な評価であり、自己ベストのような絶対的な評価ではないのです。

自己評価は必要か?

それでは、自己評価の「仕事が早い、遅い」の判断は、意味のあることなのでしょうか?

本人の場合は、本人なりの基準があります。しかも、人によりまちまちの基準です。だからこそ厄介なのです。

なぜなら、「私は精一杯のスピードでこの仕事をこなしました」と自己弁護に陥りやすいからです。あるいは、「同僚のFと比べると、オレのほうが仕事、早いよ!」という思い上がりにも陥りやすいのです。

あくまで、「依頼者ベース」で判断すべきです。相互関連性の中で動く世界なのですから、相手のモノサシを尊重するよりほかないのです。こと「仕事」という外と繋がる世界では、外のモノサシを使わざるを得ないのです。

自分のモノサシを外して、「依頼者」の要望を満たすことができたか、自分の役割を果たすことができたか、感謝されるような仕事ぶりだったか、という点を意識する必要があります。「じぶんはすごい」という自己満足、自己愛の固まりでは、だめなのです。

結局のところ、仕事の早い・遅いの周りの評価というのは、周りの人から自分への依頼や期待に対する評価であって、「遅い」というのは期待はずれだったということなのです。そこに、自己評価が挟まる余地など無いのです。

それは、他人の評判なのです。だからこそ、「早いのか、遅いのか」が気になるのです。自分の評判が気にならない、自己が確立した人や、自己満足の人には、関係ないですけども。

それでも自己評価をしてしまうのはなぜか?

だれだって、仕事だけで生きているわけではありません。例えば、朝9時〜夜7時まで働いたとしても、それ以外の時間だって生きています。自分だけの時間だったり、家族との時間だったり、友達と遊ぶ時間だったり、睡眠時間だったりします。

仕事だけが人生のすべてではないのです。だからこそ、仕事以外の時間を確保したいから、仕事の時間をなるべく減らして、今以上の仕事ぶりを発揮したいというのが、本音です。そして、評価されて、給料を上げたいのです。だからこそ、仕事の9時間の生産性を高めたいと考える。

仕事のスピードが速ければ、それだけ9時間のアウトプットは高まるだろう、そう短絡的に考えてしまうのです。だから、自分の仕事のスピードが速いか、遅いかを気にしてしまうのです。

「速い」のか「早い」のか

意識して、この二つの言葉を使い分けてます。

「速い」というのは、スピードそのもの。動作・作用の進行にかかる時間が短いこと。

「早い」というのは、基準となる時間に対して、前であること。

仕事に限らず、人生において考えるときに、「速さ」か「早さ」のどちらかが求められているのかという判断が大切になります。しかし、この反対語はすべて「遅い」なのですね。ですから、「遅い」というネガティブなフィードバックに対しても、速度なのか期限に対してなのかを考える必要があります。

仕事においては、「早さ」のほうが「速さ」より重要な場面が多いでしょう。要は、期待に応えるというそれだけのことです。単純な話です。難しく考えすぎるから、疲れてしまいます。

仕事において求められるのはこなした量ではない

経営的な仕事に近づくことで、少しずつ分かったことがあります。それは、仕事において大切なのは「こなした量」ではないということ。一つひとつの仕事のスピードを上げて、「速さ」だけで「量」をこなしても、本質的な価値の向上にならないことが多いということです。もちろん、ある時期において「量」が必要なときもあります。ですが、絶対的なものではないということです。

「量」ではないなら、「質」?いいえ、そうでもありません。

「早さ」です。絶対的なスピードではなく、相対的に「早い」のであればいいのです。それはお客様や上司・同僚からの期限より「早い」ことであり、競合他社などの競争相手よりも「早い」こと。あくまで相対的に速ければ良いのであって、絶対的に速くある必要は無い。

ようするに、いつもアクセル全開でとばすのではないということ。テキトーに緩くいって、期待よりも少し上回る仕事ぶりをすれば良いということです。それは「早い」ということなのです。

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編集後記

自動車のレースゲームをやると実感として分かるのですが、最もスピードの出るストレート(直線)での最高速度を意識してブレーキを遅めに踏むよりも、ブレーキを早めにかけてコーナリングのスピードを上げるほうが、遙かにタイムが良くなるものです。F1レースのタイムがドンドン良くなるのは、走るためのエンジンの馬力が上がったことよりも、ブレーキや空力の能力の向上によるコーナリングスピードの上昇が大きく影響しているとのことです。

仕事も同じこと。エンジンの馬力を高めることではありません。カーブを駆け抜けるスピードを上げることで、いいのです。

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