「仕事が忙しい=仕事がデキている」の自己欺瞞(1)〜私のちょっとした履歴書

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私がまだ20代の頃 、毎日を忙しく、エネルギッシュに過ごしている人は、「デキる」人だという印象を強く持っていました。バブルの頃は、「24時間戦えますか」という勇ましいキャッチコピーが氾濫していましたし、「忙しいこと」はポジティブな良い意味を持つ言葉のように受け取っていました。

営業活動においても、競うかのようなお客様への訪問件数、深夜に及ぶ恒常的な残業。今思えば、「非効率極まりない」仕事のやり方をしていたのですが、当時はそんなことを思うことはなく、ひたすらに目の前にある課題に対して気合い・やる気でぶつかっていく、そうすることで自分自身が成長できるとばかり思い込んでいました。

仕事の効率化に目覚めたきっかけ

そういった前時代的な営業スタイルでも、それなりの成績が得られたという時代に恵まれていた、といえるかもしれません。非効率な仕事のやり方であっても、持ち前の瞬発力、柔軟性、臨機応変さで、迂回しながらもお客様のご要望に応えることができたからでした。しかし、お客様にはそれで良くとも、自分自身そして家族のことともなるとマイナスの影響も大きかったのです。

自分自身に関していえば、朝起きてから深夜帰宅するまで仕事一色で、ある意味変化の少ない単調な生活様式に染まってしまいました。当然失われていくのが、自分自身の深化・成長の機会。仕事の世界で進歩できても、人間としての成長となると心許ないといえる状態でした。何のために生きているのか?という問いかけ自体、自分にすることはなく、目先のことばかり考えて、長い人生をどう生きるかの視点を欠いていました。

家族に対しては、仕事中心で動いているため、家庭のことを省みる余裕を失っていました。妻との会話が少なくなり、それを埋め合わせるように分不相応な贅沢な暮らし(モノやレジャーに必要以上にお金を使っていた)でその場をしのいでいるという状態でした。折しも、子どもを授かって順風満帆のはずでしたが、生まれて最初の1ヶ月の子どもの記憶と記録はあっても、2ヶ月目と3ヶ月目の記憶と記録はほとんどありません。そのぐらい家庭のことをぞんざいに扱っていたのでした。

破綻が起きたのは、子どもが4ヶ月検診を受ける頃。育児のノイローゼとストレス、以前から煩っていた心の病が一気に妻に襲いかかり、全てが破綻しました。妻は入院、子どもの育てるのは私しかいないという状況になったのです。

かといって、仕事をしないと生活できません。幸い、家庭事情を理解してくれる会社でしたので、保育所を見つけるまでの期間は在宅勤務状態で、保育所に預けることができるようになってからは定時退社で、仕事を続けながら子どもの離乳食、保育所への送り迎えをする毎日を送ることになりました。こういった、非常に厳しい制約状況の中で、仕事に対する自分の考え方が大きく変わっていったのです。

仕事する時間が限られているからこそ効率化

子どもは待ってくれません。子どもといっても赤ちゃんですから、なおのことです。

保育所に送り、お迎えに行く時間は決まっています。会社を定時きっかりか10分ぐらいの残業で切り上げないと間に合いません。したがって、定時までに仕事が終わっている状態にもっていかなくてはならないのです。これは大きな転換点でした。

それまでは、青天井の残業状態でした。残業時間数の方が通常の勤務時間より長かった月もありました。仕事は定時までに終わらせるものではなく、帰るまでに終わらせればよいという意識で、残業でこなせば良いという甘えを抱いていました。

それが全くできなくなったのです。時間がないからできません、というのは簡単ですが、そうしたくはありませんでした。勤務時間が短くなっても、ほぼ同じだけの仕事の成果をあげたいと思っていたからです。一日の仕事の量を把握し、どうやったらそれを定時までにこなせるようにするかを徹底的に考える、という戦略を採らざるを得ませんでした。限られた時間の配分と効率化、自分にしかできないことの見極めしか、自分でコントロールできることがないと考えたからです。

自分でコントロールする=自律の思わぬ効果

当時在籍していた会社は、日本GEプラスチックス(今はもうありません)。当時GEのCEOであったジャック・ウェルチの有名な言葉に、

Control your destiny, or someone els does

というものがありました。「自分自身のこと(人生)は自分で決めて実行しなさい、さもないと他人に支配されますよ」という意味です。のっぴきならない家庭事情に遭遇したことで、この言葉の深い意味を理解することができました。

仕事にしろ家庭にしろ、自分の人生にしても、自分でコントロール(決断して、実行する)しないと、全て環境に流されてしまって、どこの誰だか分からない第三者にいいように扱われてしまうのです。状況を正しく理解し、冷静に分析し、判断し、自分にとってもっとも好ましい行動を取って行かなくてはならないのです。

これは、自律といっていいものであり、自律が機能し始めた日から、少しずつ歯車がよい方向へと変わっていったのを実感できるようになっていきました。これまでは、仕事が忙しいことはよいことであると考えていましたが、そうではなく、単に周りに流されて翻弄している状態を忙しいと自己欺瞞していただけに過ぎなかったのだということに気が付くようになりました。

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  1. ピンバック: 多忙と仕事バカは褒められたものではない! - Decent Style
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