人生を切り拓く5つの考え方〜人生は縮小なんかしない

歳を重ねれば重ねるほど、経験は積めば積むほど、これまでの自分には見えなかった、「新しい可能性」に気づくものです。

え、そんなことないだろ、って

まあ確かに、昨日目にしたブログにこういった主張がありました。

多くの人は、程度の差はあれ、入れる中学校に行き、入れる高校・大学に行き、入れる企業に行き、与えられた仕事をこなしていくという人生を送ることになります。子供のころは可能性の大きさに圧倒された人生も、この流れにいるかぎり、いつしか、前にある仕事のなかに埋没していくのです。

[From NED-WLT : 縮小していく人生の恐怖から「自由」になるための、唯一の方法に関して。]

こういった気持ちになるのも分からなくはありませんが、まだ青いよね。

どん底といえる状況に落ちたことのない人が吐く台詞としか見えません。

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自分の存在・価値が全否定されるとき

全くの私事ですが、こうした経験を35歳の時にしました。

全くの赤の他人から、戦力外通告をされ、それを家族に言うこともできずに、それなりに最もらしい理由をつけて転職する。

さらに転職先が面接時の説明と異なる状況で、まともに仕事すらできない状況に陥ると、「自分って、何なんだ?」と暗闇の中で、一人悶々とするだけです。

閉塞感しか感じません。

自分の人生が、いきなり閉じられたような感覚。

疎外感

そういったものを、一度でも経験したことがあるのなら、「人生が縮小する!」のではなく、「人生が突然断たれるかもしれない、突然死の恐怖」を我が事のように感じますし、「暗闇からの再生」を信じることもできます。

命は明滅を繰り返す

暗闇が深ければ深いほど、夜明けは尊く、美しい

明けない夜はない、遠い夜明けと思っても

人は「不幸」と一括りにして言いますが、陽と陰、物事にはなんでも二面性があるのであり、壁にぶつかったとしたら、それは自分自身の思いの強さが試されている良い機会だと考えるようにしたいものです。

[参考]

自分の命が本当に絶たれるまでは、何度でも再生のチャンスは巡ってきますし、どんどん可能性は広がってくるものだと思うのです。なぜなら、「自分はいつまでも成長し続けることができる、進歩し続けることができる」と心から信じているからです。

年齢を積むこと

うどの大木

という言い回しがありますが、どんなに大きく立派な木であっても、年輪を重ねて、幾多の歳月を経てそこまで成長したのです。一足飛びに、「促成栽培」のように大きく見栄えの良い野菜になろうとしているから、「人生の萎縮」という「杞憂」を抱え込んでしまうのかもしれません。

急いては事をし損じる

ともいいます、

急がば回れ

の方がわかりやすいかもしれませんが、「視野狭窄」に陥ってしまって、「猪突猛進」してしまうから、「人生の縮小」を感じるだけなのでしょう。もっと、「周辺視野」を広げることにも気を配るべきだと思うのです。なぜなら、「Planned Happenstance Theory」というものを信じるからです。

直訳すれば、「計画された偶然理論」ということになるが、一言で言えば、変化の激しい時代には、キャリアは基本的に予期しない偶然の出来事によってその八割が形成されるとする理論だ。
そのため、個人が自立的にキャリアを切り開いていこうと思ったら、偶然を必然化する、つまり、偶然の出来事を自ら仕掛けていくことが必要になってくるというのだ。

偶然というのはバカにならない

今猛烈にはまっている、「仕事は楽しいかね?」には、こうあります。

もし宇宙が信じられないような
素晴らしいアイデアをくれるとして、
きみはそれにふさわしいかね?

あのOZPAさんも自著にこう綴ってます。

ブログにおいても「どうせ倒れるなら前のめり」という精神は必要不可欠なものではないかと考えているのです。
言い換えれば「ダメでもともと、とりあえずやってみよう!」ということになるでしょうか。
ブログを運営していると、「チャンス」が目に見える形で舞い込んでくることがあります。
(略)
「チャンス」が舞い込んだとき、人がとれる選択肢は二つあります。
「アクセルを踏む」か「踏まない」かです。

人生を切り拓く、五つの考え方

前掲の「キャリアショック(高橋俊介)」では、このように紹介されています。

自分にとって好ましい形で偶然を必然化するには、特定の行動・思考パターンが必要であり、それは次のような五つの特徴によって表されるとする。

その五つの特徴、考え方をご紹介します。

好奇心:Curiosity

いろいろなことに興味を持って、おもしろがることです。今の自分の目標達成には必要ないと切り捨てたり、そんなことにはかまってられないと無視したりすることは、止めましょう。自分のアンテナに、少しでもなんか引っかかるものがあるのなら、自分を信じて、なぜ興味を持ったのだろうと、関心の方向に注意を向けてみましょう。

集中のしすぎによる、”視野狭窄”、”盲目”に陥らないようにしましょう。

こだわり:Persistance

諦めの早さは、命取りです。とにかく続けてみることが大事です。

私もブログを書き続けることにはこだわりたいと思います。

自分自身が大切だと思うこと、考え、価値観の根源にあるものを信じて、こだわりを持ち続けましょう。

柔軟性:Flexibility

世の中は変わります。すぐに変わります。

計画にとらわれて、眼前のチャンスに気づかなかったり、気づいても「アクセルを踏む」ことができない、なんてことがないように、「本質的に求めているものは?」という「そもそも」に立ち返って、柔軟な対応をとることを忘れないようにしましょう。

楽観性:Optimism

”呆れるほどのポジティブシンキングと、ただでは転ばない前向きさ加減 (by OZPA)”

”試してみることに、失敗はない〜
いいかい、なにかをやってみて、それがろくでもないアイデアだとわかったとき、きみは元の場所に戻ることは絶対にない。必ず、なにかを学ぶからだ。学ぶべきことがなにもなかった場合は、その前にしていたことに高い価値をおくべきだってこと。”

何事も、自分の良いように解釈しよう。「現実歪曲空間」をつくってもいい。

リスクをとる:Risk Taking

変化の激しい、先行きの見えない時代だからこそ、リスクなしのリターンはない。何をしなくても、リスクはある。

いや、なにもしないことによるリスクの方が、はるかに大きい時代です。

”人は、変化は大嫌いだが、試してみることは大好きなんだ”

ビジネスキャリアに閉塞感を感じたら?

私が、ビジネスキャリアに閉塞感を感じたのは、35歳になろうかとしていたときです。

初めてマネジャーになり、自分の至らなさを痛感することが多く、これまでのバックグラウンドである「理系的思考」だけでは限界があることを感じたのがきっかけでした。

そこで、少し前から興味があったMBAの勉強を意識し、大前研一氏が代表を務めているBond-BBT MBAコースの説明会を受けたのです。説明会では、パッと見たところそれほど特別には見えない人が、MBAの勉強を通じてなにが変わったのか、熱く語っているのに接して、MBAの勉強を通じて「何か」が知識以外に得られるのではないかという、希望を感じたのでした。

高橋俊介氏は、こう言います。

MBAのような資格は、キャリアに閉塞感のでてきた人が、結果としてどのようになるかはわからないが、それを取得しようとする行動に踏み出すことにより、何かリスクを取って、より好ましい偶然を起こすきっかけにする。あるいは、そこに集まる人間同士の刺激の仕合により、人生の次の展開が見えてくるきっかけにする。そのような位置づけであるならば、大いに意味がある。MBAは、強いていえば、競馬場に入って馬券を買うことのできる入場券のようなもので、それだけで価値を持つわけではない。

より好ましい偶然を起こすためのリスクテイクのきっかけづくりとしての資格という意味合いが、キャリアショックの時代には重要である。

ここに書いてある通りのことが、私にも起きました。

次の展開が見えるきっかけになりましたし、いろいろなチャンスが眠っている、可能性は多様に富んでいることが分かりました。そして、リスクをどのように最小化するか、「見える化」するのかということにも、最低限の「見る目」を養うことができたと思います。

そして、なにより、学友の存在。

FaceBookなどによる、緩やかで濃密なつながりの中で、様々な「偶然」に出逢うきっかけ、いろいろな刺激、応援、とお互いのものを持ち寄って、与え合う関係というのがとても心地良いのです。

「試し」続けることで、可能性は広がる

ご察しの通り、いたずらに馬齢を重ねるだけでは、進歩はありません。唯一「試すこと」を継続することで、

明日は今日と違う自分になる

ということを実践しようという姿勢をとる限り、可能性はどんどん広がるだろうと思います。

実際、これからやってみたいことはどんどん増えています。もちろん、目の前の現実、目の前の仕事の対応も必要ですが、それでも、いろいろと「試してみたい」ことは増えていきます。なぜなら、経験を積むことで、新しい視点、視野が増えていくから、どんどん見えるものが増えているからです。

多くのことを知れば知るほど、自分の考える限界なんて、とってもちっぽけなものという印象を強くします。

人生の目標があれば苦労しない

このことは、再三再四、私のブログの中で出てくる問題提起です。

夢とか目標とか、とても甘美な響きです。ましてや、「志」なんかは、眩しい。

でも、自分にとってそれらは何か?というのは、なかなか分かりません。見つけることは容易ではありません。

そういったものがあれば、本当に苦労などしないと思います。

最後に、次の一説をご紹介してしめたいと思います。そして、この文章に何か響くものがあったとしたら、ぜひ「仕事は楽しいかね?」をご一読されることをお奨めします。きっと、暗闇の中に、一筋の光明が見えるだろうと思うからです。

「大好きなことをしろ!」
いいアドバイスには違いない。だけど、これには一つ問題がある。
多くの人は、自分がどんな仕事が<大好き>か、どういう仕事をこの先ずっと、毎日、朝から晩までしたいか、わからないということだ。(略)
たいていの人は、自分には夢中になれるものがないということを、なかなか認めないーーだから、情熱を陳腐なもののように扱ってしまう。
(略)
あるいは、みんなこう口をそろえてこの問題から離れていく。
「大人になったものの、何になりたいかわからない」

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編集後記

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